正倉院には聖武天皇(701~759)ゆかりの美術工芸品や生活用品が多数収蔵されている。それらの中の宝物に用いられた動物の毛について、2009~2012年に調査しました。
第67回正倉院展にはフェルトの敷物「花氈」、うちわのような仏具「柿柄愁眉」、伎楽面「力士」筆は3̠本出陳されます。
その時に、西の宝物の倉庫に入りまして、1300年前の筆を目の前にして、大大感動しました。
手は震え、声も大きくなる。その日半日は興奮していました。その感動が調査も終えて熊野に帰りました。その感動をエネルギーにして、自然に見たまま、兎の毛で紙を巻いて造ってみました。
兎の毛の材料も倉庫にありましたので、材料は豊富に使えました。
奈良時代の正倉院宝物の毛の調査から、筆18本を専門家の目からの調査、科学的な目からの調査をしてきました。当時、使われていました毛で多かったのは兎の毛でしたので、現在の中国の兎の毛で紙巻き仕立ての筆を製造しました。
現代の製造方法は練り混ぜ製造の芯無仕立てが大部分です。奈良時代の天平筆の芯在紙巻き仕立てでの製造は現在では限られた職人が製造しています。
写経の文字を書く筆は兎の毛の筆、最初の兎の毛を3mm縛り、和紙を巻きます。その上に兎の毛を巻きます。そして和紙を巻きます。このようにして交互に巻いて、雀の頭の形に造りました。兎の毛にはまとまり、弾力の魅力ある特性を備えています。古代から使われているのが分かるような気がします。
写経を書くの界線は鹿の毛の筆を使っていました。写経の文字列を揃えるために天地の横界線と行の幅を定める縦界線とを定規を使用して美しくひきます。この界線は極薄い細い線でひくのが鹿の毛の筆です。鹿毛の筆も紙巻き仕立ての作りで造りました。鹿毛の材料は北米産を使いました。 筆の軸は中国の斑紋竹を使用しました。
当時のお経の一部を実寸で写経していただきました。
1回目の墨付けで4文字から5文字位書ける。界線ひきに使った鹿毛筆は穂先の弾力がやわらかいので使うの大変苦労したそうです。鹿の毛が日本産ですと書きやすいのかもしれません。